ちゃいろのいぬ英語奮闘記。

英語の勉強記録。

わたしと英語【大学時代と留学期】

大学に入っても、英語を専攻しました。

良い友達にも恵まれ、楽しく過ごせたと思います。

授業はまじめに受け、サークルには入らず、授業後はアルバイトばかりしていました。

 

3年次に、カナダに留学を決めました。

奨学金を受けられる制度があったため、事前に面接がありました。

わたしは特に成績が良かったわけではなく、留学したい理由も将来まで見据えたような明確なものではなかったのですが、とにかく、海外に出たい。自分の英語がどこまで通じるのか試してみたい。海外で自分だけで生活してみたい。という気持ちを伝えて、8ヶ月間行かせてもらえることになりました。

 

入ったのは、西部のブリティッシュコロンビア州にあるビクトリア大学附属のESL

最初の3ヶ月は、ホストファミリーに食事までお世話になり、ESLで授業を受ける毎日でした。クラスはアジア系の生徒が多く、接しやすかったのでコミュニケーションに困ることもあまりありませんでした。

 

夏休みの2ヶ月のうち1ヶ月ぐらいは、同じクラスだった韓国人の女の子とカナダ横断旅行をしました。

まずビクトリアからモントリオールまで飛行機で行き、そこからグレイハウンドバスを使って1ヶ月かけてビクトリアまで戻るということをしました。

旅行の生活に慣れてきたころ、ケベックで自称ヌーディストの男性から家に誘われてついていき、全裸をみせられたという(笑)怖い体験もしましたが、無事帰ってこられました。

旅の間、1度だけ喧嘩をしたこともあった(わたしは強く言われて泣いたほうですが笑)けど、そのおかげで友情が深まり、すごく充実した1ヶ月でした。

 

後期の3ヶ月は、クラスのレベルが上がりました。

ホストファミリーには自炊したいと希望を出し、ホームステイの料金を安くしてもらい、食事は自分で用意する生活に切り替えました。

新しいクラスには、メキシコ、トルコ、スイスなど、出会ったことのない国の生徒もたくさんいて、中には主張の強い人もいました。

わたしはその時期、そのような多国籍のクラスの雰囲気にうまく馴染めず、また言いたいことを英語で表現すること自体が苦痛になってきていました。それは、自分の細かい心情を表現することが困難だったためにストレスが溜まっていったことが原因だったと思います。

 

精神的にかなりつらい時期でしたが、優しい日本人の友達に日帰り旅にシアトルまで連れ出してもらったり、台湾人のおじさんに飲みに連れてってもらったりして、そういうことが大きな心の支えとなって、なんとかやっていけていました。

しかし最後のほうでは、ほとんど毎日飲みに行ったり友達の家でも飲んでいたために、アルコール依存に近い状態になっていて、最後のテストに寝坊して遅刻するなど、恥ずかしい失敗もありました。。。プログラムを修了はできたので、その状態のままなんとか留学期間を終え、帰国。

 

自己嫌悪や罪悪感でいっぱいのかなり落ち込んだ状況で帰国したため、あんなに好きだった英語に対して前向きに考えることができなくなっていました。就活を始める時期に入っても、とりあえずは活動していましたが、せっかく学んできた英語を使った仕事が出来る会社を受けるなどまったく考えられないほど落ち込んでいました。

 

結局、日本語でコミュニケーションが出来なければ英語でも難しいだろう、というあたりまえの答えに行きつき、建設業の一般事務で内定をもらい、入社しました。

 

社会人時代に続きます。